ちょっと思い出しながら・・・
なんだか、どどどど・・・っと過ぎてしまったけど、ちょっと振り返ってみる。
3月11日。一生忘れないと思う。
地震で凄いことになってしまったので、あんまし面白おかしく書くのはどうかと思うけど、事実なので残すことにする。
この日は私が受け持っていた3年生が卒業を控えていて、卒業式とその予行を除けばラストの日ということで体育館で学年のお楽しみ会をやっていた。
順調に進み、最後の教員の出し物。
我々は学ランやセーラー服で身を包み、ライブをしていた。
学園天国、遥かという2年のときの林間学校を思い出しながら体育館はいままでにない盛り上がり!
観客席からは盛大なアンコール!
再び幕が上がり、学園天国が始まる。
客席はオールスタンディング!
会場は揺れていた。
凄い盛り上がりだ!
そう思いながら演奏をやりきった。
しかし、会場の揺れは止まらない。
・・・おかしい。
何かが違う。
そう思ったときだった。
さらに大きな揺れがやってきて、会場に悲鳴が起こる!
ステージ上で楽器を抱えながら必死に立っている俺。他の人たちも身動きが取れない。
体育館の電気が切れ、そして少しずつ揺れは収まっていく。
「耐震工事が済んでいるから体育館は安全だ」
もう一人の理科教諭が何度も繰り返し、会場は落ち着いていく。
しかし、冷静になってくると新たなことに気づく。
このまま避難となったら変質者じゃね?
急いで学ランから普段の格好へ。
そこへ情報を集めに行っていた学年主任が戻り、全体へ衝撃の事実を告げる。
「東北地方で震度7の地震があった」
この日はこれ以上何もできず、そのまま下校させることとなった。
しかし、この下校も大変だった。
学区内の子どもたちは点かない信号に気をつけたり、倒れている木に気をつけるだけでよかった。
問題は電車等を使って、学区外から通っている子たちだった。
電車は動かない。保護者とは連絡がつかない。
最終的に特例として、直接自宅まで送り届けることとなった。
また、たまたま無理を言って産休中の先生にも来てもらっていたので、赤羽の自宅まで送っていったが、道路は渋滞。首都高の下では上から水が降っている所も合った。
翌日に予定されていた大会は中止。
自宅に帰ると周囲はすべて停電。
携帯も上手くつながらないので、近くのコンビニまで行き、部活の保護者に中止の連絡をまわしてもらった。
どれだけ大変な事態だったのか把握できたのは電気が復活した翌日になった。
気が向いたら、卒業式の慌しさ、異動のときの最終日のことなんかを書きます。
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